化粧品に配合する成分を真皮まで到達させるには、製剤研究が欠かせません。 医薬品の開発では、多種多様な基剤や薬物の修飾を用いたアプローチが考えられていますが、化粧品では、製品設計上感触や使用感、匂いなど官能的な要素にたいする要求が高く、実際に利用されているアプローチとしてはリポソーム やナノ化といった方法に限定されます。また、クリームやローションは配合できる薬物の濃度は限定されます。
人間の皮膚は、しなやかで弾力があり薄くて破れにくく且つ再生可能という能力をもった、非常に高機能なバリアとして機能しています。表皮バリアの主要な機能を再外層にある角質層が担っています。角質層を通過できるのは親油性で低分子量の薬物のみで、皮膚透過を促進するのは濃度勾配かイオン勾配による単純拡散のみです。そのため、薬剤の経皮吸収性は製剤設計とともにその薬剤の物性が大きく影響します。
一方で、最近着目されてきている製剤の一つに「マイクロニードル」が上げられます。「マイクロニードル」は、針状の構造物を用いて、肌の外側から物理的にアプローチ方法で、より直接的に肌の深部に到達することが可能です。そのため薬剤の物性や分子量に囚われず製材設計が可能です。
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クリーム/ローション |
経皮吸収パッチ |
皮下注射 |
マイクロニードル |
説明 |
エマルション、クリーム、軟膏 |
薬剤を含んだフィルム形態のパッチを肌に附着した後、薬物が肌を通じて直接血中に吸収されるようにする製剤 |
注射器を用いて直接薬剤を注入 |
微小なサイズの針を、パッチの上に並べるまたは液体に分散させ、角質を穿孔して薬剤を導入する製剤 |
皮膚浸透速度 |
遅い |
遅い |
早い |
遅い〜早い(コントロール可能) |
痛み |
なし |
なし |
強い |
軽度 |
バイオアベイラビリティ |
低 |
必要最小限 |
高 |
高 |
継続使用 |
低い |
高い |
低い |
高い |
自己使用 |
可 |
可 |
不可 |
可 |
薬物送達方法 |
皮膚の微細な孔または単純拡散 |
角質層を経由した単純拡散 |
注射針を通じた直接注入 |
角質層の最深部以降に到達 |
今までの経皮吸収製剤や皮下注射剤の問題点は、必要な薬剤を必要な速度で皮膚内部へ浸透させることが難しい点にありました。マイクロニードル技術を用いれば、たとえ親水性の成分でもいとも簡単に角質層バリアを通過させることが可能です。
マイクロニードルのデメリット
マイクロニードルは薬剤の経皮デリバリーの方法としては大変優れていますが、金属や合成樹脂でできたものや、使用する成分によっては、理屈上アレルギーやアナフィラキシーショックといった免疫反応を回避することはできません。また、ニードル自体が引き起こす肌の痛みやかゆみを完全に回避することもできません。 思わぬクレームや間違った使用法を避けるためにも使用者への周知徹底が必要です。また、日本の化粧品基準では、化粧品成分は角質層までの浸透が認められています。 形状として明らかに角質層を超えてしまう様なニードル長の設定は薬機法上の解釈に注意が必要です。
マイクロニードルは、その構造と薬物送達経路の違いによりいくつか種類分けすることができます。図1
①ソリッド型マイクロニードル
初期に開発されたもっとも単純なマイクロニードルの形で、固形の微細なニードルを用いて角質層に穴を空け、そこに薬剤を流し込む手法です。
マイクロニードルはパッチやローラーなどになり、穴を開けた後に薬剤を塗布または貼付するといった2段階の適用が必要になります。主に医薬品としてワクチンの経皮デリバリーなどに利用されてきました。
②コーティング型マイクロニードル
ソリッド型のデメリットを補うために、最初からニードル表面に薬剤を塗布しておき、穿孔と同時に薬剤を角質層および表皮に到達させる手法です。
ソリッド型と比べると利用者にとっては簡便なのが特徴です。デメリットとしては製造コストがあがること、マイクロニードル躯体の素材とコーティング剤の選定にノウハウが必要なことなどが挙げられます。
③溶解性マイクロニードル
現在、化粧品業界で使用されるマイクロニードルの主流が溶解性マイクロニードルです。薬剤を内包したニードル自身が角質層にとどまり、皮膚の中で溶解していくことで薬剤を送達します。ニードル自体はヒアルロン酸がもっとも使用されています。利用者によっても簡便な方法ですが、到達させることのできる薬剤がニードルそのものを形成する必要があるため、油溶性成分の内包が難しく、現実的な機能性をもたせるうえでは水溶性成分に限られます。
マイクロニードルの角質内での溶解イメージ
写真提供:NISSHA株式会社
④中空マイクロニードル
針の中がストローの様な中空になっていて、その穴を通じて薬剤を皮膚(主に真皮より奥)に送達させる方法です。中空マイクロニードルの最大の利点は、単純拡散と違い圧力によって薬剤を押し出すため、大量の薬剤を肌の内部に到達させることができる点です。また、薬剤の溶解性にかぎらず、送達できるのもポイントです。 薬剤の送達には使い捨てのニードル部分以外にデバイスが必要となります。また、構造上どうしても針が長くなり表皮を通過してしまうため、化粧品の範疇で製造することは現時点では不可能です。
⑤ マイクロニードルソリューション
微細な中空針そのものを化粧水やローションに配合し角質に穿孔する方法です。エステティックサロンでの手技に用いられることが多い剤形です。微細針は天然由来の海綿動物の骨が使用されることが多いようです。針は角質層に一定時間残存し、ターンオーバーとともに排出されます。
マイクロニードルの素材の種類
市場には多種多様なマイクロニードルが存在していますが、マイクロニードルに使用される素材はヒアルロン酸などの生体高分子、マグネシウムなどの金属、シリコン、ポリマーなどがあります。化粧品に使用されるのはヒアルロン酸を素材としたニードルが一般的です。
溶解性マイクロニードルの化粧品分野での応用
現在日本市場に展開されているマイクロニードル化粧品のほとんどは溶解性マイクロニードルになります。前項での解説にもありますが、溶解性マイクロニードルの利点は、勘弁に使用できる点です。 マイクロニードルの針の形状や長さは、痛みの出方や薬剤溶出時間に影響を与えるため、製造する会社の大きなノウハウとなります。 例えば、国産マイクロニードルを展開するNISSHA株式会社は、針の長さを角層内に留まる長さかつ痛みが出にくい針の形状を設計しています。
NISSHA製マイクロニードルの形状
写真提供:NISSHA株式会社